神を感じた日

仰々しいタイトルですみません。

でも、実話なんです。体験記として、日記として書き留めておきます。

ある日、神様が近くにいるのを感じました。

山菜採りでいつも感じる事

春というのはいつも清々しくて、天気が良い日は外に出かけたくなる。僕は山間の田舎に住んでいるので、春になると山菜が楽しみだ。

今年は特に、コロナのおかげで店は自粛休業。暇を持て余しているのと、食費を抑えるためにも山菜を採りによく出かける。

僕の田舎では歩いて散歩していれば山菜に出会える。
この日は車で5分ほど離れた場所にコゴミを採りに出かけたのだが、そこにはちょうど良い大きさに伸びたコゴミがたくさん出ていた。

1週間ほど前に様子を見に来ていて、その時はまだ地面から顔を出していたくらいだったので、少し時期尚早な雰囲気だった。

ところが今回はすでに伸びきったコゴミもあったりして、豊漁な予感がした。

いくつかの株は、すでに近所の人に採られていたが、それでもこの場所のコゴミの量は畑並。
ポチポチと指で夢中になって採り続けた。

山菜は、その名の通り山の恵みだ。
それを採りながら「ありがとう、山!」といつも言う。

実際に行ってみるとわかるのだが、何もせずとも育つ山菜が、これでもかというほど山肌に生えている風景は、「感謝」以外の言葉は思い浮かばない。

知り合いの山菜採り名人のおばさんは、「感謝感謝。感謝しかないんだよ。」といつも言っている。

「確かにその通りだわ・・・」と、おばさんを余計に尊敬する。

人間は、便利さを追い求めて自然を壊している。なぜ共存という行為を上手にできないのか?と思う。そんな人間に対して、自然は無言でこんなに与えてくれているのに・・・・

そんなふうに思いながら、ポツポツとコゴミを摘む。自然と「ありがとう」を言いながら。

車の鍵を落とす

袋いっぱいのコゴミが採れた。こんな近所にコゴミ畑があるとは思わなかった。
山菜は、その日のうちにすぐに下処理をしないと「山に帰ってしまう」から早く帰って作業をしなけらば旨くない。

よし、帰ろう!と、車に戻り、エンジンをかけようとしたのだが、なんと鍵が見当たらない。

「あれ?ポケットに入れてなかったっけ?」

座席の下を見ても、山菜でいっぱいになった袋をひっくり返してもどこにもない。車のドアポケットも、ダッシュボードにも、車の下にもどこにもない。

「落としたか?・・・・こんな藪の山の中に?」

山といっても、山にどんどんと上がって行くわけではなくて、ふもとの裾野の当たりを歩き回っただけだから、すぐに見つかるだろうと引き返してみた。

大した移動範囲でもないし、歩いた場所を撫でてみよう。と。

しかし、裾野といっても山は山。枯れ葉や木の枝、伸び始めた緑で覆い尽くされていて、その場にぴょそ似つかわしくもない現代テクノロジーの車の鍵は見つけられない。

歩き回った場所を順に、ゆっくり見て回って見たがやはり見つけられない。

僕が歩き回った場所の中心には昔、何かが祀られていた場所なのだが、今は移転されていた。そこにはもう何もなかったのだが、よく辺りを見てみると、今に崩れて落ちてきてもおかしくないような大きな岩が、絶妙なバランスで鎮座していた。

「ああ、これが権現なのかな?ここにいる神様か。」と感じた。というか、僕は結構オカルトが好きなので、それを無理やり神とした。

その岩に向かって礼をし、拍手をして挨拶がてら拝んだ。
「豊かな恵みをありがとうございました。しかし、車の鍵を落としてしまいました。どうか見つけてください。」と、おこがましくも、鍵の探索をお願いした。

その日はもはや鍵はなくなったと諦めて、歩いて帰った。車は新調したばかりだったので、母親は慌てながら僕を怒鳴った。僕が諦めているという事も母の怒りを助けたようだった。

次の日、天気は小雨。「鍵を探しに行こう」と母親は行っていたが、この日は諦めた。

何かの存在

さらに翌日の朝、母親が「コゴミを採りに行こう。鍵をなくした場所に。今日夢で鍵が見つかる夢を見た。」と言ってきた。

母親は妙な自身に満ちており、僕も「あ、見つかるかも。」と謎に確信した。その確信は見事に的中するのだが、それが思いもかけない見つかり方だったのだ。

合鍵で車を走らせて、5分ほど。天気も清々しく、気持ちよかった。
僕は相変わらず車の鍵は諦めていて、コゴミ採りを楽しみにして車を降りた。

すると、つい一昨日にきた時にはまだ小さかったコゴミは、ちょうど良い頃合いに成長していた。

「ほら、もうこんなところもある。この上にずーっとコゴミの畑だよ!すごいよここ!」

朝の9:30ちょうどくらい、母は父に「これから鍵を探しに行ってくる」とメールしていた。

「ほら、見てみなよ!ここに・・・・・」

「んん???・・・」視線がコゴミとは違う場所にズームアップされた。

 

「・・・・・あった。鍵。」

 

ものの5分も経たぬうちに鍵発見。

前日に雨が降って濡れたであろうにも関わらず、きちんとリモート機能も作動する。

「え?こんなにすぐのところで見つかる?てゆーか、ここ踏み入れてなかった気がするけど?しかも雨で壊れてないし・・・」

その時、確信した。

あの岩、やっぱり神様だ。

神はいるのか

もしかしたら、そこは歩いたのかもしれない。でも、車の周辺は一番よく見て探し歩いていたし、何しろ、当時僕は妻と一緒だった。

妻は妊婦で、車の近くしか探していないし、僕より余程何かを見つける事には長けている。
しかも、この場所を探しているのを僕は確認している。

なんにせよ、鍵は見つかったのだから良いのだが、いかんせん腑に落ちない場所に落ちていて、しかも僕はそこに生えたコゴミを執拗に母親に見せようとはしゃいでいた。

どうにも妙なことが色々重なって、なんだかすごい世界に自分は存在している気がして仕方ない。
あの崩れ落ちそうな岩に、また手を合わせて感謝せざるを得なかった。

信じる信じないは、当然あなた次第だ。だが実際に僕は山に神頼みをし、その後すぐに見つかる場所に鍵は「置かれていた」。

繰り返すが、信じる信じないはあなた次第なのだ。信じていないあなたは、信じていないがためにその存在をただ単に見れていないだけかもしれない。よ?

 

この話はノンフィクションです。

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