人は、焦がすのが好きだ。
コーヒー豆は焦げています。それなのに、あの香りに惹かれる。クリームブリュレは表面の砂糖をわざわざバーナーで焦がすし、台湾の魯肉飯も鶏肉飯も、焦がしたネギの香りが決め手になっています。
焦げは普通、失敗の記号です。なのに、うまいものの多くが焦げている。
先日、その「焦げは体に悪いのか」という疑問に、自分でぶつかることになりました。深夜0時、焦がしてしまった鶏肉飯が、めちゃくちゃうまかったからです。
この記事では、焦げの正体を三つに分けて整理します。そのうえで、最後に焦がしネギ油と鶏肉飯の作り方も置いておきます。
深夜0時5分、圧力鍋の中で起きていたこと
台湾の鶏肉飯が食べたくなって、仕事を上がる前に仕込んでおきました。帰ったら火にかけるだけ。そのはずでした。
炊き上がったのは、深夜0時5分です。
料理人なんてこんなものです。仕込んでおいても、結局その日のうちには食べられない。酒と一緒に、夜飯を食らうことになります。
久しぶりに作ったせいで、時間と火加減を完全に忘れていました。蓋を開けたら、底が茶色くなっている。
やってしまった、と思いました。
圧力鍋は、なぜ焦がしやすいのか
言い訳を先にさせてください。これは腕の問題ではなく、道具の構造の問題です。
僕らが焦げを判断しているのは、実は目ではありません。音と匂いです。
水気が飛んでパチパチと音が変わる。香ばしさが立ち上がってくる。その二つで「そろそろだ」と分かります。厨房では鍋を見ていなくても、耳と鼻で全部わかる。
圧力鍋は、その両方を奪います。
蓋が密閉されているので中が見えないどころか、音も匂いも出てきません。判断材料が「時間」だけになる。
だから久しぶりに作ると、目盛りが狂うんです。タイマーを信じるしかないのに、そのタイマーの記憶があいまいだった。
家庭で圧力鍋を使って失敗する人が多いのは、たぶんここが理由です。
「焦げ」には3種類ある
ここからが本題です。
焦げとひとくくりにしていますが、台所で起きている「焦げ」は、実は別々の現象が三つあります。これを分けて考えられるようになると、料理の見え方が変わります。
1. カラメル化——糖だけで起こる
砂糖などの糖分が、熱で分解して色と香りに変わる反応です。アミノ酸は必要ありません。
クリームブリュレの表面、カラメルソース、フランス料理のガストリック。これらは全部カラメル化です。
2. メイラード反応——糖とアミノ酸が出会って起こる
糖分とタンパク質がそろった状態で加熱すると、まったく別の反応が起こります。これがメイラード反応です。
肉や魚の焼き目、パンの耳、焙煎したコーヒー豆、焦がしネギ、玉ねぎを炒めたときの甘み。そしておこげ。
「焦がすと旨くなる」の正体は、ほぼこれです。数百種類ともいわれる香気成分が、この反応から生まれます。
3. 炭化——その先まで行ってしまった状態
さらに加熱を続けると、有機物が炭になります。
こうなると香りは飛んで、苦味だけが残る。真っ黒に焦げた部分がこれです。
料理人が毎日やっているのは、2と3の境目を見極めることです。焼き目をつける、という作業は、要するにこの一線の手前で止める作業です。
なぜ、あのおこげはうまかったのか
さて、僕の鶏肉飯に戻ります。
鶏肉飯は、鶏の脂と茹で汁を米に吸わせて炊きます。つまり鍋底の米には、糖(デンプン)とアミノ酸(鶏のタンパク質)と脂が、すべてそろっていたわけです。
そこに、水分だけが先に飛んだ。
米だけを焦がしたなら、デンプンが色づくだけの地味な焦げになります。でもこの鍋の底では、メイラード反応がフルスペックで起きる条件が偶然そろっていた。
色を見てください。金色から薄い茶色で止まっていて、黒くなっていません。炭化の手前、いちばんおいしいところで火が止まっていました。
失敗が功を奏した、ように見えます。でも実際は、素材の側に旨くなる準備ができていた。だから狙って再現もできます。
焦げは体に悪いのか
ここが、いちばん気になるところだと思います。僕もずっと引っかかっていました。
砂糖を焦がした味は大好きなのに、なんとなく体に悪い気がしてしまう。あの感覚です。
整理すると、こうなります。
アクリルアミドの話
「焦げは体に悪い」と言われるときに名前が挙がるのが、アクリルアミドという物質です。
これはアスパラギンというアミノ酸と糖が反応してできるもので、120℃以上の加熱で生じます。特にデンプン質の食品——いも類や穀類を高温で揚げたり焼いたりしたときに多くできます。
つまり、メイラード反応の副産物です。
ここで面白いのは、砂糖だけを焦がすカラメル化では、アミノ酸がないので基本的にアクリルアミドはできないということ。
クリームブリュレの表面をバーナーで炙るとき、いちばん罪悪感を持ちやすいあの瞬間が、実は三つの中でいちばんシロに近い。僕はこれを知ったとき、ちょっと拍子抜けしました。
「焦げた魚を食べるとガンになる」の出どころ
日本で広く知られているこの話は、1970年代の研究がもとになっています。黒焦げにした魚の成分に変異原性が確認された、というものです。
ただ、そこで問題になるような量を実際に摂ろうとすると、現実の食事では到底届かない量を食べ続ける必要があります。
焼き魚の端が少し焦げたくらいで気に病む必要はない、というのが今の一般的な見方です。
で、どうすればいいのか
僕の結論はこうです。
黒く炭化した部分は落とす。それ以外は気にしない。
そしてこれは、健康のためというより、味のためです。炭化した部分は香りが死んで苦いだけなので、料理としても落とした方がうまい。
健康と味で、やることが一致している。だから覚えやすい。
なお、これは一般的な食生活の話です。持病があって食事制限を受けている方は、医師や管理栄養士の指示を優先してください。
焦がすほどに甘くなる。ただし、ある一点までは
ネギの話をさせてください。
ネギや玉ねぎは、焦がすほどに甘くなります。これは感覚ではなく、実際に起きていることです。
辛味の正体である硫黄化合物は、熱で飛んでいきます。その一方で、糖が分解されてより甘い糖に変わっていく。辛味が抜けながら、甘味そのものが増えているわけです。
ただし、ある一点で反転します。そこから先は苦味しか残らない。
その一点を見極めるのが、料理人の仕事です。そして家庭でも、同じことを耳と鼻でやればいい。
香りが甘く立ち上がってきて、その香りに少しだけ香ばしさが混ざったところ。そこで火から下ろします。
【レシピ】焦がしネギ油と、台湾風の鶏肉飯
焦げの話の締めくくりに、その日に作ったものを置いておきます。
焦がしネギ油(油葱酥)
台湾料理の土台になる調味油です。作っておくと、かけるだけで料理の格が変わります。
材料
エシャロット(または紫玉ねぎ、長ねぎの白い部分)…200g
サラダ油など癖のない油…200〜250ml
作り方
1. エシャロットを薄くスライスする。厚みをそろえるのがいちばん大事です。バラバラだと、焦げるものと焦げないものが同時にできます。
2. 鍋に油とネギを入れ、冷たい状態から弱めの中火にかける。
3. ゆっくり泡が出てきます。ここからは目を離さない。
4. 全体がきつね色になったら火を止める。余熱でまだ色が進むので、「もう少し」と思うところで止めるのがコツです。
5. 粗熱が取れたら、保存瓶に油ごと移す。
冷蔵で2〜3週間。一晩置くと香りが油全体に回るので、翌日の方がうまいです。
ネギはもう役目を終えていて、本体は油の方だと思ってください。焦がした香りを、保存食にしたものです。
鶏肉飯(ジーロウファン)
材料(2〜3人分)
米…2合
鶏もも肉…1枚(300gほど)
水…600ml
しょうが…薄切り3枚
長ねぎの青い部分…1本分
塩…小さじ1
焦がしネギ油…大さじ2〜3
タレ
醤油…大さじ2
砂糖…小さじ2
八角…1個
焦がしネギ油…大さじ1
作り方
1. 鍋に水、鶏もも肉、しょうが、ねぎの青い部分、塩を入れて火にかける。沸いたら弱火にして10分ほど。火を止めて、そのまま余熱で火を通す。
2. 鶏肉を取り出し、茹で汁は絶対に捨てない。これが米を炊く水になります。
3. 洗った米に、茹で汁を米と同量入れる。焦がしネギ油を大さじ2ほど加えて炊く。
4. タレの材料を小鍋で温め、砂糖が溶けたら火を止める。八角は入れっぱなしで香りを移す。
5. 鶏肉を手で裂く。包丁で切るより、繊維に沿って裂いた方がタレがからみます。
6. 炊けた米に鶏肉をのせ、タレをかけ、最後に焦がしネギをたっぷり散らす。
八角が入った瞬間に、台湾の匂いになります。苦手な人は半分に割って少しだけ使ってください。
そして——圧力鍋を使うなら、時間を守ってください。守らないと、僕みたいにおこげができます。
まあ、それはそれでうまいのですが。
まとめ|焦げは、終わりではなく仕込み
整理します。
焦げには三種類ある。糖だけで起こるカラメル化、糖とアミノ酸で起こるメイラード反応、そしてその先の炭化。
うまさを生むのは二番目。落とすべきは三番目。その境目は、目ではなく耳と鼻で判断する。
体に悪いと言われるアクリルアミドはメイラード側の副産物で、砂糖だけを焦がすカラメル化では基本的にできない。黒く炭化した部分を落とせば、あとは気にしすぎなくていい。
そして、焦がしたものは瓶に入れて、次の一皿になる。焦げは終わりではなく、仕込みです。
次回は、砂糖を焦がす話を書きます。クリームブリュレとガストリック。いちばん罪悪感を持たれていて、いちばんシロに近い焦げの話です。
生姜の香りが加熱でどう変わるかについては、生姜の辛さの正体にも書きました。あわせてどうぞ。







